Sunday, October 13, 2019

ギリシャ語とラテン語を知るための文献案内



 初等ギリシャ語・ラテン語の学校文法にかんしては日本語で読める教科書が大量に存在します。まずは水谷『古典ギリシア語初歩』や有田『初級ラテン語入門』などを読み込むとよいでしょう。大学シラバスにのっているような信用のあるものなら正直どれでもよいです。自分の体験と他人に教えた経験にもとづいていうと、基本的な語形変化や語法にかんしては他人による指導のもとでゼロから学習するのでは遅々として進まず、らちがあきません。独習による集中的な詰め込みによって最初の山を一気に越えるほうが効果的だと思います。たとえば1か月と期間を決めて何周も読む、裏紙に何度も書きくだすなど。

 とはいえ教科書の記載事項を100%マスターする必要があるかといえば、そうでもありません。なんでもそうですけど完璧主義が必要になる局面と、完璧主義が邪魔になる局面ってありますよね。このあたりは完璧主義にならないほうがよいです。7、8割の理解が得られたならば、アンソロジーなどに進んで「読みながら覚える、復習する」かたちに切り替えたほうがストレスがないような気がします。要するに、大体のかんどころを嗅ぎ分けられるようになれば、あとは辞書や文法書をひきながらテクストを読み、語形変化や基本的な文法事項の知識定着を図れるので、初歩にこだわり過ぎる必要はないということです。あと、例文を音読する習慣をつけてください。

 以下では古典研究界隈で定番な文献を中心に列挙していきたいと思います。西洋古典研究の中心は当然ながらヨーロッパとアメリカなので、残念ながら (?) 英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、それからスペイン語などのリテラシーがあることが前提ですが、文学作品ではなく専門書なので (出現可能性の高い語彙数が限定されてくるので) 慣れれば何語であってもなんとかなります。 

・Liddell, H.G., R. Scott, and H. S. Jones, (1940) A Greek-English Lexicon. 9th ed. Oxford.
・Glare, P. G. W. (ed.) Oxford Latin Dictionary. 2nd ed. Oxford.
・Smyth, H. (1956) Greek Grammar (rev. G.M. Messing). Cambridge, MA.
・Denniston, J. D. (1959) The Greek Particles. 2nd ed. Oxford.
・Gildersleeve, B. L., Lodge, G. (2009) Gildersleeve's Latin Grammar. rep. New York.
・Woodcock, E. C. (1991) A New Latin Syntax. Bristol.

(工事中)

LSJ は定番の辞典ですが批判的に読む必要があります。Smyth は文法事典であり、索引から調べたい項目を探して読むという用い方が中心となります。Denniston はギリシャ語の小辞を調べる際に用いるものです。例文の量は圧巻ですが参照して小辞にかんして「わかった」となったことはないです。ラテン語を読むときは Gildersleeve が頼りになります。



ギリシャ語・ラテン語に詳しくなりたい場合に読むとよい文献



(印欧祖語)
・Beekes, R. S. P. (2011) Comparative Indo-European Linguistics. 2nd ed. Amsterdam.
・Clackson, J. (2007) Indo-European linguistics. Cambridge, U.K.
・Fortson, B. W. IV. (2010) Indo-European language and culture. 2nd ed. Chichester.
・Meier-Brügger, M. (2010) Indogermanische Sprachwissenschaft. 9th ed. Berlin.
・Sihler, A. L. (1995) New Comparative Grammar of Greek and Latin. Oxford.

ホメロスやヘシオドス、アルカイオスやサッフォなどのギリシャ語に興味がある場合、この言語の背後にひそむ印欧祖語のメカニズムを知っておくと、ひとつひとつの語形にかんする味わいが楽しめて、理解がすすみます。Clackson, Fortson, Meier-Brügger は大体どこの文献リストでも推奨されるほどド定番。特に Meier-Brügger は先行研究のレファレンスが圧巻で、特に有用。英語の翻訳もありますがこちらのほうは著しく評判が悪い (ので私は読んだことがないです)。Beekes は教科書の割には自説の展開が多い印象ですが、そのぶん深読みできる感じがして個人的には一番好きです。Sihler は特に動詞形態論、アスペクトの解説があってすごかったです。



(ギリシャ語)
・Adrados, F. R. (2005) A History of the Greek Language (trans. C. F. Rojas). Leiden.
・Bakker, E. J. (ed.) (2014) A Companion to the Greek Language. Oxford.
・Chantraine, P. (1961) Morphologie historique du grec. Paris.
・Horrocks, G. C. (1997) Greek. London.
・Lejeune, M. (1972) Phonétique historique du mycénien et du grec ancien. Paris.
・Palmer, L. R. (1980) The Greek Language. London.
・Rix, H. (1976) Historische Grammatik des Griechischen. Darmstadt.

Horrocks か Palmer から読むのがよいかもしれませんが、もしかしたら上記でとりあげた印欧祖語の教科書から始めたほうが効率がよいかもしれません。Horrocks については古代ギリシャ語だけを知りたいなら前半部分だけ読めば十分です。Adrados は参照すべき文献が多く言及されていてよいですが初心者が本書を読むと混乱すると思います。筆者がいちばん最初に読んだギリシャ語学関係の文献はたしか Chantraine で、印欧語の ablaut もろくに分かっていない段階で読んだので、理解に試行錯誤した記憶があります。Lejeune は、個人的には索引から単語をひいて読むことが多いです。Bakker のコンパニオン所収の各章を選んで読むことから始めても良いかもしれません。



(ギリシャ語の方言)
・Buck, C. D. (1955) The Greek Dialects. Chicago.
・Colvin, S. (2007) Historical Greek Reader. Oxford.
・Duhoux, Y. (1983) Introduction aux dialectes grecs anciens. Louvain-la-Neuve.

Buck は古いですがギリシャ語方言にかんする本質情報はじゅうぶん得られます。Colvin はリーダーが充実していて、史料読解の練習のために西洋史学をやってる学生さんなどに重宝されている気がします。



(ミュケナイ・ギリシャ語)
・Bartoněk, A. (2003) Handbuch des mykenischen Griechisch. Heidelberg.



(ラテン語)
・Baldi, P. (1999) The Foundation of Latin. Berlin.
・Clackson, J. (ed.) (2011) A Companion to the Latin Language. Malden, MA.
・Clackson J. and G. C. Horrocks, (2007) The Blackwell History of the Latin Language. Malden, MA.
・Palmer, L. R. (1954) The Latin Language. London.
・Weiss, M. (2009) Outline of the historical and comparative grammar of Latin. Ann Arbor.

おすすめは Weiss です。印欧祖語の勉強も一緒にできます。集中して読むと相当な時間がかかりますが、古いラテン語からロマンス語の入口まで飛躍的な学習効果が期待できます。



(俗ラテン語)
・Adams, J. N. (2007) The Regional Classification of Latin. Cambridge.
・Väänänen, V. (2012) Introduction au latin vulgaire. 4th ed. Paris.

Väänänen のものは初版こそ古いですが今でも俗ラテン語入門といえばコレ一択といった感じの文献です。



(ロマンス諸語)
ロマンス語学一般
・Alkire and Rosen (2010) Romance Languages. Cambridge.

フランス語
Pope, M.K. (1934) From Latin to Modern French with especial Consideration of Anglo-Norman. Manchester.

イタリア語
・Maiden, M. (1995) A Linguistic History of Italian. New York.

ポルトガル語
Williams, E. B. (1962) From Latin to Portuguese. Philadelphia.

ロマンス語の各語学にかんする文献については、自分自身でしっかり読んだものがあまり多くなく、自信と責任をもって推奨できる文献が少ないため、今後の課題です。もともと大学に入ったばかりのときは第二外国語をきっかけにロマンス諸語の言語どうしの類似に惹かれて、他の科目をさしおいて印欧語界隈を徘徊し始め(予期せずしてギリシア・ラテンの研究室に漂着した)たのですが。代わりといってはアレですが(ラテン語)の項目で紹介した Weiss (2009) pp. 503-4 に推奨文献リストがあります。


まとめると、言語としてのギリシャ語とラテン語に強くなりたいと思ったら、Clackson (2007); Fortson (2010); Weiss (2009); Horrocks (1997) などから基礎がためをするのが効率的なのかなと思います。









春からギリシャ語をはじめる人へ

 春ですね。新しいことをはじめるにはよい季節ですし、ギリシャ語をはじめるのはよいアイデアだと思います。ギリシャ語ができれば、文学、歴史学、哲学、新約聖書文献学など、多くの分野で勉強・研究を進めることができるようになります。私は学部後期課程・大学院修士課程とギリシャ語史を中心に調べ...